京都地方裁判所 平成2年(行ウ)23号 判決 1991年8月22日
京都市中京区壬生高樋町4番地の2
原告
牧野誠一
右訴訟代理人弁護士
籠橋隆明
京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町15番地
被告
中京税務署長 西垣守雄
右指定代理人
杉浦三智夫
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告が,原告に対し,平成元年2月16日付でそれぞれなした原告の昭和60年分の所得税の所得金額を4,122,324円,昭和61年分の所得税の所得金額を3,873,112円,昭和62年分の所得税の所得金額を3,921,799円と更正した各処分のうち昭和60年分につき817,700円,同61年分につき842,600円,同62年分につき851,000円を超える部分及びにこれに対応する各過少申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
(本案前の答弁)
主文同旨の判決。
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
(一) 本件課税の経緯等
原告は,酒類小売業を営む者であるが,昭和60年分ないし昭和62年分の所得税の確定申告をそれぞれ法定申告期限までになした。
(二) 被告は,原告に対し,平成元年2月16日付で原告の各年分の所得金額を請求の趣旨記載の金額とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
(三) そこで,原告が被告に対し右各処分につき平成元年4月13日それぞれ異議申立てをしたところ,被告は同年7月7日付でいずれも棄却の異議決定をし,さらに原告が平成元年8月7日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ,同所長は平成2年5月25日付でいずれも棄却する旨の裁決をし,裁決書謄本は平成2年6月6日ころ原告に送達された。
(四) しかし,本件各処分には以下のとおり違法事由がある。
(1) 税務調査にあたり理由なく原告を調査対象に選定し,第三者の立会いを認めず,かつ,理由の開示をしないでした違法な調査に基づいてした違法。
(2) 原告の所得を過大に認定した違法。
(五) よって,原告は本件各処分の取消しを求める。
二 被告(本案前の主張)
行政事件訴訟法14条1項によれば,取消訴訟は処分又は裁決のあったことを知った日から3箇月以内に提起しなければならないとされている。そして,同条4項は,処分又は裁決につき審査請求をした者については右出訴期間は審査請求に対する裁決があったことを知った日から起算する旨を規定している。
ところで,本件各処分に係る原告の審査請求に対する裁決(以下「本件裁決」という)の裁決書謄本が原告方に送達されたのは平成2年6月5日であるところ,裁決書謄本が当事者の住所に送達されるなど,社会通念上当事者において裁決があったことを知りうべき状態におかれたときは,特段の事情のない限り,当事者は裁決があったことを知ったものと推定すべきであるから,原告は平成2年6月5日に本件裁決があったことを知ったものと推定すべきである。
そうすると,原告は,本件訴えを遅くとも平成2年9月4日までに提起すべきであったのに,同月5日にこれを提起したものであるから,本件訴えはいずれも出訴期間を徒過した不適法なものであり,却下されるべきである。
三 原告(被告の本案前の主張に対する反論)
行政事件訴訟法14条にいう「知った日」とは,処分のなされたことを現実に知った日をいい,抽象的な知りうべかりし日ないしこれを了知しうべき状態におかれた日を意味するのではない。そして,本件では,平成2年6月5日に原告方に送達された裁決書謄本を実際に原告が見たのは,以下のとおり翌日の6月6日であるから,「知った日」は6月6日である。
原告方は,先代より住所地において酒屋を営む者であるが,平成2年6月5日,6日に店舗改装記念セールをする運びとなり,6月5日の記念セールで多忙なさ中に本件裁決書謄本が配達され妻が受け取った。妻は,当時原告が税務署のやり方に不満を持ち家庭内でもその不満を述べ夜も寝られない様子であったため原告の気持ちを推察し,改装オープンの日に知らせる必要はないと判断し,翌日の6月6日に記念セールが終わってから原告に裁決書謄本を手渡した。
四 被告(原告の反論に対する再反論)
原告の反論を争う。
行政事件訴訟法14条1項,4項が規定する出訴期間は取消訴訟の訴訟要件であるから,これを遵守したことの立証責任は,訴え提起の適法性を主張する原告が負担すべきものである。
仮にそうでないとしても,前記のとおり平成2年6月5日に原告方に本件裁決書謄本が送達され,原告において本件裁決があったことを知りうべき状態におかれたのであるから,原告は同日に本件裁決があったことを知ったと推定すべきであり,原告は,前述の特段の事情を立証しない限り,右推定を覆すことはできない。
そして,仮に平成2年6月5日に原告方で新装開店セールを行なっていたのであれば,原告の店舗は住居を兼ねているから同日原告はその住所に居たはずであり,結局,本件裁決があったことを原告において了知しえなかったとみるべき特段の事情は存しなかったというべきである。原告自身も,事業専従者である原告の妻も,常に本件課税処分に係る審査請求についていかなる裁決がなされるかについて重大な関心を持っていたはずであり,また,本件裁決書謄本在中の封筒には「裁決書謄本在中」と明記されている以上,原告は,同日妻から郵便物を受領したものと推定すべきである。
第三証拠
証拠に関する事項は,本件訴訟記録中の書証目録の記載のとおりであるから,これを引用する。
理由
一 本件訴えの適法性について検討する。
1 行政事件訴訟法14条1項によれば,取消訴訟は,処分又は裁決のあったことを知った日から3箇月以内に提起しなければならないとされ,同条4項は,処分又は裁決につき審査請求をした者については,右出訴期間は審査請求に対する裁決があったことを知った日から起算する旨規定しているので,右出訴期間は,裁決があったことを知った日を初日とし,これを期間に算入して計算すべきである(最高裁判所昭和52年2月17日第一小法廷判決,民集31巻1号50頁)。そこで,本件訴えが,原告において裁決のあったことを知った日から3箇月以内に提起されたものであるかについて検討する。
2 成立につき争いのない乙第2ないし第5号証,その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第1号証,弁論の全趣旨によれば,原告は,酒類小売業を営む者であるが,その店舗は住所を兼ねており,原告の妻は事業専従者であること,本件裁決の裁決書謄本が「裁決書謄本在中」と表示された封筒に入れられた郵便物として平成2年6月5日原告方に配達されたことが認められ,右認定に反する証拠はない。
右の事実に基づき検討するに,通常,裁決書謄本在中の郵便物が当事者の住所に配達されたときには,当事者において裁決があったことを知りうべき状態におかれたものであるということができ,この場合には,特段の事情のない限り,当事者は裁決があったことを知ったものと推認すべきであるから,本件においては,右認定の裁決書謄本在中の郵便物の配達の事実により,原告は平成2年6月5日に本件裁決があったことを知ったものと事実上推定される。
3 ところで,原告は,行政事件訴訟法14条にいう「知った日」とは,処分のなされたことを現実に知った日をいい,平成2年6月5日には原告の妻が郵便物を受け取ったものの,当時は新装開店セールを行なっていたため妻は原告に渡さず,これを実際に原告が見たのは翌日の6月6日であるから,本件で「知った日」は6月6日である旨主張し,甲第2,第4号証中には,これに副う記載部分がある。
しかし,原告方店舗において平成2年6月5日,6日に新装開店記念セールを行なっていたのであれば,原告は同日店舗を兼ねる住所に居たはずであり,旅行,出張等のため不在であったということは通常考えられないことであるし,また,原告も不在であった事実を主張するものではない。
その上,前記のとおり,原告の妻は事業専従者であるから,原告自身はもとより原告の妻も本件課税処分の審査請求を知っており,かつ,右審査請求に関する裁決の結果にも重大な関心を持っていたものと認められ,さらに,前記認定のとおり,本件裁決書謄本在中の封筒には「裁決書謄本在中」と明記されていることに照らすと,仮に原告の妻が一たん本件裁決書謄本在中の郵便物を受け取ったとしても,同日中にその名宛人である原告に渡されたものというべきものであって,以上認定の各事実を考え併せると本件裁決書謄本は同日原告が受領し,右裁決があったことを知ったものと推認でき,甲第2,第4号証中のこれに反する記載部分は遽に信用することができず,他に原告主張の事実を認めるに足る的確な証拠がない。
4 そうすると,原告は,本件訴えを遅くとも平成2年9月4日までに提起すべきであったのに,同月5日にこれを提起したものであるから,本件訴えは,その余の点について判断するまでもなく,いずれも出訴期間を徒過した不適法なものであり却下すべきである。
二 よって,原告の本件訴えをいずれも却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 裁判官 佐藤洋幸)